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行き違い。3


 忍は一人、山手線で新宿に出た後、迷うことなく小田急線に乗り換えていた。
 新宿の胎内のような巨大な構内から抜け出て、ほんの二駅しか過ぎていないというのに、辺りの光景は一変する。
 あちこちに提灯のぼんぼりが灯され、臨時に作られた小さな改札口を出ると、狭い道路に商店街が続いている。
 そこに流れる空気は代々木や原宿の巨大で無尽蔵な集合体めいた力とは正反対に、小さくても人の情に充ちた暖かさがあった。
「光流が好きそうなところだな」
 忍は小さく笑った。
 忍の実家でも神社や寺にに参拝する。
 けれどもそれは自分の煩悩を消し去ったり気持ちを新たにして、自分の心の中にあるささやかなお願い事をお祈りするという行事ではなかった。
 昔から地域に権勢を振るってきた手塚家が、現在も健在であることを神社仏閣を通じて知らしめるための――金と欲にまみれた行事だった。
 自分のささやかな願いのためだけにお参りするなんて。
 これは最初で最後の清らかなお参りになるだろうな。
 真っ黒な神宮の森に屋台や提灯の赤い光がうかんで、ざわついた師走の空気が柔らかく忍を包む。
 その空気はどこか光流に似ていた。
 忍は柵に腰掛けて、ざわついた空気に身を任せて目を閉じた。


「悪いっっ忍。待ったか」
 光流はそういうと忍に笑いかけた。
 まるで待ち合わせに少し遅れただけかのように歩き始める。
「ゼミの実験のレポートを正月早々に出せとかいわれててさー」
 横断歩道の信号待ちの間には、もういつもの雑談が始まっている。
 ふざけてるよな。
 そうだな。
 光流の言葉に忍が相槌を打つ。
 すると二人の間に淀みない空気が流れる。
 それはぎちぎちと固いものでできた空気で育った忍には居心地が悪いのに心地いい。
 こんな気持ちを大抵の人は家庭で最初に味わうのかもしれない。
 そんなことを思う。


「忍ーおーい」
 声のする方に目を向けると光流が走ってきた。
「こんなとこにいたのかよ」
「ああ」
「早く行かねえといい場所を取り損ねちまう。行くぞっ」
 光流は息せき切るように早口でまくし立てると、忍の手を取って走り出した。
「おい、誰も走ってなどいないぞ」
「いいんだよ。遅れた分を取り戻さねえとな」
「相変わらず妙なところで姑息だな」
「おまえな……せめて庶民的といえ」
 言葉の押収は途切れることなく続く。
 そのタイミングは長年培った何かでできていて、RPGでいうなら、LVはマスタークラスになっているかもしれない。
 もっとも、お互いにしか通用しない技能がいったい何の役に立つのか、忍は知らない。
 多分光流だって知らない。
 けれどもそれでいいような気がしていた。


 商店街を流れる空気は穏やかで、暖かで、師走の冷たい気温を差し引いても暖かく忍の心に染みわたった。
 その中で忍はひたすら光流を待ち続けていた。
 待ち続けながら、光流は多分来ないだろうと考えていた。
 忍は駅の柵に寄りかかって、ぼんやりと商店街の空気を見つめる。
 自分の世界と関係のないことに興味がなかった。光流の気配によく似た空気の中に混じるうちに、このままずっとここいられたらいい――そんなことを考えていた。卒業のことも家のことも、兄のこと、父のこと、口さがない親類とその取り巻き――すべて遠くに追いやったまま、記憶から消してただこの場所でいつまでも来ないかもしれない光流を待っていられたら……。
 それは一見矛盾していて、しかもあり得ないことだとわかっていた。けれども、師走のざわついた気配と暖かな下町めいた空気は忍のささやかな願いをいつまでも叶えてくれそうで、忍は天に祈るように真っ黒な空を仰ぎ見た。


(2005年09月16日(金)・つづく)
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