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行き違い。2


「いったい何で……」
 光流は固い扉に頭をつけて考え込んだ。
 ドアの近くにいた光流が降りる人に道を譲って外に出たのを、目的地に着いたのだと勘違いしたのだろうか。
「って、せっかくだから参宮橋に回って屋台をひやかそうぜっていったろうが!」
 まったく。
 忍は冷静で物事をしっかり把握しているように見えるのに、時折光流には訳の分からない行動をとる。
「内回りと勘違いしたんじゃねーだろーなあ」
 こんなに人がたくさんでている中ではぐれるなんて。
 光流は体を返して、ぐったりと扉に持たせかかった。
「しょーがねえなあ」
 次の駅で降りて引き返そう。
 そう心に決めるものの、頭を掻いて、盛大にため息をつかずにはいられなかった。


 一方で。
 取り残された忍はどうしたものか。
 と、途方に暮れていた。
 落ち着き払った動きで、片手を口元に寄せ、表情は淡々として考え込む姿は悪巧みを考える顔とほとんど代わりはなかったが、忍は本当に途方に暮れていたのだ。
 明治神宮の最寄り駅が複数有るのはわかっている。
 普段だったら原宿から歩くのがもっとも利用者が多いはずだったが、さすがに年賀の参拝客日本一を誇る神社だけあって、今日ばかりはどこもかしこも祭りのような人だかりなのだという。
 なかでも、光流が向かおうと行っていたのは忍にとって聞き慣れない名前の駅だった。
「何という駅だったか」
 忍は路線図をじっと見つめた。
 JR原宿駅。営団地下鉄千代田線明治神宮前駅。JR代々木駅。
 どれも記憶の中の光流がいった発音とは違う気がした。
 ぐるりと、明治神宮内苑を順に見て回ると、ふと見慣れない駅に目が止まった。
 小田急線参宮橋駅。
「サングウバシ……」
 声に出して読み上げてみると、光流が告げたのはこの駅だという確信がわき起こった。
 とすれば、もう迷うことはなかった。
 小田急線参宮橋駅にいって光流と合流する。
 忍は次に来た電車に一瞬の迷いもなく飛び乗った。


「はぐれたら……はぐれた場所で待ってるのが鉄則だろうがっっ」
 光流は苛立ちを抑えきれずに駅のホームで思い切り叫んだ。
 ざわついた年の瀬の空気の中では叫び声など、よくある光景なのか、通行人はほんの一瞥をくれるだけで、また何事もなかった蚊のように自分の連れに目を戻し、歩き去っていく。
 光流の中の常識、光流の中の鉄則など、忍には何の意味もない。
 おそらくはこうして世間が人であふれているという現実さえ、意味がないのかもしれなかった。
 忍の中には忍にしか理解できないルールしか存在しない。
 長いつきあいの中で多少理解しつつはあったものの、何故、不自由なまでに一つのルールに縛られるのか、光流には理解できなかった。
 ルールなんてそのときそのときで一番いいのを選べばいいのに。
 そう声に出したいのを何度も何度ものどの奥に押し返した。
 そういってしまえば、自分は一時楽になるかもしれないけれど、忍は苦しむに違いなく、忍が苦しめば、やがてそれは自分にも返ってくるに違いない。
 光流は怒りを収めようと、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「忍の思考で思いつきそうなこと……」
 光流は少しだけ考えて、頭を抱えた。
 自分の考える忍の行動が果たして正しいのかどうか、光流にはてんで自信がなかった。
 通常、忍はものすごく合理的な行動をとる。
 でもそれは忍が、『大抵の人はこういう行動をするだろう』と思いこんでいることに限られる。
 誰かがこういう行動をするだろうという情報の積み重ねがない事態で、忍の行動はひどく突拍子もなく見える。
 それは、意外にも視野の狭さから起きる行動だと理解したのはずいぶんと後になってからだった。
 忍の目に映る世界は一体どんな感じなのだろう。
 光流は所在無く眺めやる視界の隅で蠢き、自分を置いてどこかへと消えていく人の流れをぼんやりと見つめていた。
 空は薄く雲が覆い、晴れてもいず、かといって雨や雪が降りそうでもなく、年の暮れにしては暖かいくらいだった。
「代々木……からも歩いてはいけるはずだから、まさか降りて先に行った?」
 光流はもう一度辺りを見回した。
「さすがにそれはありえないか……。それぐらいだったら待ってるよな。ってことは俺が次の駅で待つと思って次の駅に行った?」
 まだその方がありそうだ。
 光流はそう考えてやってきた次の電車に乗り込んだ。

(2005年07月22日(金)・つづく)
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