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行き違い。4


 光流は歩く人の流れに棹さすように立ちつくした。
 最初に二人がはぐれた原宿から、代々木、新宿、はては地下鉄明治神宮前駅と回ってもう一度原宿に戻ってきても、忍の姿はどこにも見あたらなかった。
 見知らぬ誰かが連れ立って通り過ぎるのをぼんやりと眺める。
 まるで自分の隣りに誰もいないことを確認するように。
 もしかしたら、このまま会えないまま年を越して、疲れ切って虚しく部屋に帰る羽目になるんだろうか……。
 もし、単なる行き違いで、本当は近くにいるというなら、お笑いだ。
 それはしごくあり得そうなことで、光流は何度も何度も振り返り、右に左に見慣れた忍の姿を探し求めた。
 もしかすると、原宿から代々木に向かう途中で行き違って、ここに光流の姿がない為にもう一度代々木に向かったのかも知れない。
 それとも、そんなことを繰り返して、ただひたすらこの辺りで二人とも行き違っているだけ何じゃないだろうか。
 考えても、考えても、忍がどの行動をとるのか想像がつかない。
 がたんごとんと、また山手線のアルミの車体がホームに滑り込んできた。
「参宮橋の駅に行くって、あいつ覚えているかなあ」
 光流は小さく呟いて、外回りに乗り込んだ。
 原宿や代々木と違って、参宮橋の駅は小さい。
 忍が絶対にそこに来るなら、改札で張っていれば見逃すことはないだろう。
 けれども。
 来るか来ないかわからないものをただひたすら待ち続けるというのは…………。
 光流はうつむいたまま、扉に頭をつけた。
 どちらかというと待つのは苦手だった。
 待っているくらいなら、探しに行く方がましだし、いつもはそれでうまくいっていた。
 高校の三年、大学に入ってからの三年――計六年も、年の瀬が迫る度、忍が無表情に帰省切符を眺める姿を見てきた。
 諦めるでもなく、拒絶を押さえ込むのでもなく、それ以外の選択肢など、はなから存在しない。意志のない人形のような顔をしてアパートを出る姿は、単なる義務感や、覆い被さる血のつながりをこえて、もっと妖怪じみた恐ろしい怪異にとり憑かれている――そんな風にも見えた。
 それが日本の古い土地の在りようだといわれれば、光流には頷くしかないのかもしれない。
 けれども、むしろ忍が望んで縛られようとしているように見えて、必死に足掻けば、抜け出せるかもしれないその場所を、忍が本当に抜け出したいのか、問いただしたくて、長い間家を出ていた忍の兄が戻ってきたと聞いてから尚更、言葉が喉元まで出かかっている。
 忍、おまえ本当は家に縛られていたいのか、と――――。
 そう口にしてしまえば、忍の心を自分の望む方に引き寄せてしまう気がして、それも間違っている気がした。
 誰にいわれるでもなく決めたのなら、それは間違いなく忍の意志だと思えるのに……。
 光流は新宿の雑踏に降り立った。
 このまま、探し疲れて家に帰って、そこで忍が待っているとしたら苛立ちをそのままぶつけてしまいそうだった。
 半ば途方に暮れながらも光流の体は人混みの中を泳ぐようにすり抜け、淀むことなく目的の場所にたどり着く。小田急線の、どこか東京から離れた遠くにある侘びしい温泉地に向かう気にさせられるホームから出て、しばらくすると、明治神宮の真っ黒な木々が見えてきた。
 その黒々とした塊を見ていると何故か今ひとりでいることが寂しいことではなくて、まるで当たり前のことのように感じられた。
 もうあきらめよう。
 光流は部屋に戻って気まずい思いを吐き出さないように、気持ちを切り替えた。
 もともとお参りが目的なんだから、ひとりでもお参りしていくか。
 光流は早足に改札を通り抜けた。
 こじんまりした駅はホームのすぐとなりが道路といっていいほど駅と商店街が一体化して馴染んでいる。
 どういうわけか、原宿や代々木では遠方からお上りでお参りに来たとおぼしきカップルばかり目に付いたのに、参宮橋駅周辺を賑やかす人々は近所の家族連れや友人同士が多いように見える。
 赤い提灯に照らされて、どこか自分の家に似通った下町の気配が道路沿いに流れゆく。
 その空気を吸い込むと、いびつにゆがんでぎちぎちしていた心が柔らかにほぐされる気がした。
 光流は不意に自分がずっと顰めっ面していたことに気づいた。指先で眉間のしわをなぞり苦笑する。
「仕方ないよな」
 そう呟いて歩き始めたときだった。
 視界の角に見慣れた姿が目に入った。
 ひょろひょろと背ばかり伸びてまだ線の細さを残した体を柵に載せて、ぼんやりと空を見つめている。
 その様子を見て、光流は一瞬で理解した。
 十分やそこら前に来た、というにはあまりにも辺りに馴染みすぎている。
 つまり、はぐれたとわかった瞬間から忍はこの駅に来ていたのだ。
 はぐれた場所でなく、次の駅でもなく、最終目的地のこの駅に。
「ちょっと待てーーーーーーーー」
 光流は思わず叫んでいた。
 大して広くない駅の入り口で光流の声は十分すぎるほど大きい。
 けれども、都会を行き交う人々は妙な行動をとる人が珍しくない。
 心得た人はああ、またか。と一瞥をくれて去っていく。
 ただそれだけのこと。
 どこにでもいるんだな、叫んだり喚いたりするやつが。
 忍はそう頭の隅で考えながらぼんやりと商店街の空気を見つめ続けていた。
 ぼやけた視界をよぎる、手を引かれたこどもが物珍しそうに振り向く。こども嫌いの忍がその視線の先に目を向けたのはほんの気まぐれにすぎない。
 薄闇の中、柔らかい灯りに照らされて、女たちが好きそうな男前が惚けた顔をして崩れていた。
 そういえば、光流の整った顔というのをあまり見たことがないな。
 忍はぼんやりと記憶の中の光流を浚う。
「現実は、やはりもっと突拍子もないな」
 忍は自分のささやかな願いが裏切られたことをどこかで残念に思い、どこかでは喜んでもいた。
 想像の中で光流は何度も忍の元に来て、穏やかな空気の中、何度も二人は明治神宮にお参りをしていた。
「いつからそこにいたんだ、おまえはっ」
 怒って眉をしかめる顔は何度も何度も見ていて、それでもなお、自分に向けられる怒った顔がかけがえもなく、好きだった。
「一時間……」
 そういいかけて、忍は腕時計に目を落とした。
「いや、二時間半か。随分遅かったな、光流。女に足止めでも食らっていたのか」
「おまえなーはぐれたときははぐれた場所で待てって何回いったと思ってる?」
 怒った顔が呆れ顔に変わる。
 それは二番目に見慣れた、やはりとても好きな表情だった。
「そうだったか?」
「探しに行くから動くなっていったじゃねーか。迷子が勝手に動くなよ」
「俺は迷子か」
「知らない土地で道を知る人間とはぐれたら迷子だろうが」
「なるほど」
 ついてこいと言葉にしないまま歩き出す光流はわずかに俯いて、その顔がほっとしているのか、むっとしてるのか、それとも忍の知らない顔をしているのか窺うことはできない。
 「じゃあ、次からは必ず待っていよう」
「おう。そうしろ」
 だけど、光流。
 俺が本当に迷子になったとき、おまえはきっと迎えに来ない。
 忍は光流を斜め後ろから追いかけながら、一番見慣れた光流の顔――その窺いしれない横顔をじっと見つめていた。
 
(終わり)

(2005年09月19日(月)
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