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■桜の下で■


 何ですかちゃんってあんなどうでもいいことで悩むんだろ。
 それがすかちゃんの習性だとわかっていても時々無性に苛々する。
 あんなこと口に出すまでもない。
 僕は本当にしたかったら、人にいう前にやるよ。
 そんなことを考えながら、木板作りの廊下を早足に通り過ぎた。
 窓越しに門の辺りに目をやると、まだ人気はない。
 いつだって、注目の的だった二人が既に来ているのなら、そこには人だかりが出来ているはず。どうやら一番に出向かえる、という目的は達成できそうだ。
 ほっとすると、今度は浮き立つような気持ちになって、その浮遊感に押し出されるまま、校門へと走り出した。
 突っかけを引っかけて外に出ると、構内に植えられた黒い木々には桜霞がかかっていた。
「あー桜が咲いてる」
 まだまだ二分咲きといった程度だけれど、残りの蕾も暖かくなればすぐに開き始めそうな気配がひしひしと漂っている。
 うれしくなって、はしゃぎながら門の外に出ると、道の向こうから見慣れた背格好が二つ、並んで歩いているのが見えた。
「あ」
 声を上げた途端、向こうでも気づいたようだ。
 ほんの少し前までは手を伸ばせばすぐ傍にいて、それが当たり前だった。
 今はもう、どこか他人行儀なやりとりを経なければ、近くにいることが出来ないなんて。
「すごく不思議だ」
「何がだよ」
 振り向くと、息を切らせて追ってきたらしい蓮川が仏頂面で立っている。
 まださっきのくだらないことで重苦しい空気を作られては大変。
 僕はすかちゃんを一瞥しただけで、又前方へと視線をもどした。
「光流先輩、忍せんぱーい」
 大きく手を振ると、光流が答える。
 こういうとき、忍先輩は絶対手を振り返したりしない。
 それが嫌なときもあったのに、今は何故かうれしかった。
 こんなうれしい気持ちを、もっともっと楽しく過ごしたい。
 そんな衝動が湧き起こる。
 多分、他の寮生たちだって、光流先輩や忍先輩に会いたがるのはわかってる。
 先輩たちだって、そんなこと承知してるだろうから、多分、会わないで帰るなんてことは考えてない。
 でも僕は少しだけ、光流先輩と忍先輩を独占したかった。
 先輩たちが隣にいたとき、たびたびしていたように。
 だから。
「光流先輩、ねえもう桜が咲いてるし、お花見しようよ!」
 考えるまでも口が動いていた。
「咲いてるっていったって、おまえ、まだ外は寒いだろ」
 そういいながらも、表情ではすでにやる気が透けて見える。
 光流先輩のそういうところがずっと僕は好きだった。
「光流、やりたいなら、最初からやりたいといったらどうなんだ」
「やっぱここは一度は抵抗しておかねえと示しがつかねえだろ」
「すでに卒業したというのに、いったい何の示しだ」
「卒業したって何だって、俺がこいつらの先輩だという事実は何らかわりねえからな」
「……そうですね」
 光流先輩の言葉に、すかちゃんが反応するのわかった。
 まるで、こども向け特撮番組のヒーローを見るような目つきで光流先輩を見ている。
 どーせ、何か思い入れたっぷりにうだうだと考え込んでいるんだろうな、と思うと、その気持ちをざっくりと壊してみんなの目の前にさらしてやりたいような気持ちになる。
 いつだって、光流先輩はみんなが一番欲しい言葉をくれるんだよね。
 それが、光流先輩なんだから。
 だから、僕は光流先輩に、光流先輩が喜ぶ言葉をいってあげたいよ。
 すかちゃんと違って、僕はやるといったらやるんだから。
 そう決めて、ちらりとすかちゃんに笑いかける。
 企みをこめた視線で。
「そんでねー光流先輩!お誕生日おめでとう!!」
 いった途端、光流先輩はどこか気恥ずかしげな顔をした。
「何だ、おまえ、物覚えのいい奴だな」
「へへへー光流先輩ほどじゃないけどね」
 隣ですかちゃんは怒り出す一歩手前の表情になっている。
 しめしめ。思った通り楽しいことになりそう。
 意地悪と策略が上手く決まった快感はやみつきになるんだよね。
 そう思いながら、もう一人の策士の心の裡が気になった。
 忍先輩はどんな顔をしているのだろう。
 僕は光流先輩の隣で影のように立っている存在に目を向けた。


<由也/20050327>

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