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肉欲〔真砂子×冠葉〕

「そういえば」
 真砂子はふと思い出して冠葉を見た。
 夏目家。用意した紅茶に、相変わらず口すらつけず、どこか憮然とした表情で立つその姿は真砂子に対して決して気を許しているものではなかったけれど、それでもこの夏目邸に来てくれているのかと思うとそれだけで真砂子の心は少し弾んだ。弾んだ心のままに真砂子の話題は少し散文的になる。つまり、どうでもいい世間話に流れてしまう。この美しい自分の半身との間にある空白の時間を埋めるために、無駄話は決して余計なことではないと夏目真砂子は考えた。
「ロールキャベツが好きだっていう話だけれど、いつから好きになったのかしら。私の知る高倉冠葉という人間にはそんなデータはなかったのだけれど……」
「相変わらずどうでもいいことまで知りたがるんだな」
 少し呆れた口調で、それでもどうやらそんなところまで秘密主義を貫くつもりはないらしい、少し肩の力を抜いた姿勢になると、真砂子から視線をわずかにそらして答えた。
「肉が入ってるだろ?」
「ええそうね」
 相槌を打って真砂子は冠葉の続きの言葉を待った。数十秒。沈黙が続いた。
「それで?」
 しびれを切らして続きを促すと、冠葉は珍しく少し驚いた目で真砂子を見る。
「え?」
「えって……わたくしは、あなたの言葉の続きを待っているのだけれど」
 冠葉は途方に暮れたような顔になる。
「続きって、これ以上説明が必要かよ」
「つまり……あなたがロールキャベツを好きな理由というのは、中に肉が入っているという、そのことだけで全てということなのね」
 祖語のないように、きっちりと確認を取ると、冠葉は少しだけ落ち着かない様子で視線を泳がせる。
「そりゃ、まあ、なんだ? キャベツと肉のハーモニーだとか、肉の味が染み出たスープだとかそういったものがだな、まあなんというか、芸術的というか……」
「冠葉。今晩はうちで夕食をお取りなさい」
 歯切れ悪く言い募るのを遮って、真砂子は簡潔に言った。
「料理長にシャリアピンステーキを作らせるから」
「しゃり……あぴん……?」
 おかしな発音で、明らかに理解していない様子の冠葉にため息をつく。
「そういう名前のステーキ。ロールキャベツの中身なんか目じゃない程の肉の塊よ。冠葉。今夜は食べていきなさい」
「す、ステーキ!」
 冠葉の語尾が裏返った。衝撃を受けた表情のままその場に凍りつく。真砂子は身じろぎひとつせず、ただ冠葉の返答を待つ。一分、二分……どれくらいの時間が流れただろうか。すでに窓から差し込む陽の光がわずかに赤く色づいているように見える。
「いや……俺は家に帰る」
 ようやく冠葉はそう言った。
「家で晶馬が晩飯作って待ってる。だから帰る」
「そう」
 諦めとともに受け入れて、立ち上がる。帰る冠葉を見送るために。
(お兄様……今までで一番長い葛藤だったわ)
 近くにあるのにひどく遠い背中を見つめて真砂子は思う。
(やはり真砂子認められないわ。お兄様に肉をろくに食べさせてあげられない家族なんて……真砂子頑張るわ。必ずやお兄様を取り戻して、肉をおなか一杯食べさせてあげるから……!)




 その後、冠葉はたかが肉で揺れた自分の心を断ち切るために店で一番高い肉を買い、真砂子は直々に高倉家へと乗り込んで行くことになるのだった……



[終わり]
〔ブログ;2012.01/05〕

原稿のために缶詰しているはずなのに何やっているんだと怒られてしまいそうですが、
とりあえず自分の立ち位置を主張しておきたいための、真砂冠です。

タイトルと裏腹にただのバカ話です。
書いていて、ああ、こういうの得意なんだな俺、とか思いました。

<塩湖 晶/20120322>

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