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ジグソーパズル〔陽毬×冠葉〕

 何度来ても慣れることのできない空間というものがある。警察署の中。間仕切りで仕切られた狭い空間の中、ソファに腰掛けながら陽毬は居心地の悪い気持ちを持て余して視線を泳がせた。
「いや、すませんね。何度も足を運んでもらって……」
 頭をぺこぺこ下げながら、柔らかい対応をする男は、けれど視線は常に鋭く陽毬に絡みつき、決して表向きの対応を信じていい人間ではないということを示している。
「また……あの事件のこと……ですよね」
 どちらかというと明るく快活な性格の陽毬も、この時ばかりは表情が曇る。地下鉄で起こった不思議な事件。座席一面にクマのおもちゃが散乱し、その中に倒れていた陽毬と苹果。被害者は見当たらないものの、警察はなぜかこの事件にやたらとこだわった。
「ですから、あの、本当なんです。本当に何も覚えていなくて……気が付いたら病院のベッドの上だったんです」
「そうですよね。大丈夫ですよ。わかっていますから。今日お聞きしたいのは、これなんです」
 言いながら男……こういうことは陽毬はよくわからないのだけれど、警察署の中にいて、制服を着ていないというところから刑事という人なのではないかと推察する男は、何やら大事そうに布でくるまれた包みを出してきた。
(また……)
 陽毬は少しうんざりする。事故現場にあった遺留品をいろいろと見せて、これはあなたのものですか、何か知っていますかとしつこく尋ねられるのだ。大体どれも全く知らないものばかりだったし、だからいくら何かを聞かれたところで応えられることなどないのだ。何も。
「あの、私……」
「ああ、いいんですよ。いいんです。我々としましても万が一と思ってお聞きしているだけですので、知らなかったりわからなかったりしたら、そのように答えていただければ……まあ、今回のは特に、そう思うんですがね」
 言いながら無造作に刑事が包みを掌の上で開く。最初、陽毬はそれがなんなのか全く分からなかった。透明で、なんだかよくわからない形の……
 それは安い蛍光灯の光を受けてきらりと光った。
「いやあ、こんなもののためにわざわざお呼び立てして本当に申し訳ない。ただ、これも事件の謎のひとつでしてね。どうやらガラスのようなんですが、車内のガラスはどこも割れていない。しかも破片を見る限りではどうも板状のものではないらしくって、でもその割には量が多すぎ……どうしましたか?」
「え?」
 尋ねられて陽毬は顔を上げた。刑事の顔がかすんでよく見えない。急にすべてが現実味を失って見えた。人がごった返す騒がしい警察署の中も、目の前の刑事も、全て幻のように……
 視線を落として、再びそのガラス片を見る。ただのガラス片で、それ以外の何ものでもない。そのはずだった。それなのになぜかそのガラスの向こう側にわずかに色づく景色が見える。
(なに……?……いや、違う。……だれ……?)
 目を凝らしても凝らしても、遠い景色はあいまいに薄れていってしまう。なぜかその消えゆく面影を断ち切ることが出来なくて、どこまでもどこまでも追いかけていきたくて、ただ目を凝らす。
「っか!……」
 喉から勝手に声が出た。か? 一体自分が何を言おうとしているのかわからず、陽毬は喉を手で押さえながら目を白黒させる。刑事は何も言わない。ただ陽毬の様子を伺っているだけだ。それがわかっていながら陽毬は平静を保てず、ただ混乱に溺れていく。
 声が、聞こえる。
 どんな声なのか、どんな響きなのか全くわからない。けれど、声が聞こえた。
 言葉が、聞こえる。
 どんな言葉か、何の言葉か、日本語なのかどうかすらわからない。けれど言葉が聞こえた。
 陽毬の体中に言葉が、声が降り注ぐ。それがどんなものであるのか全く分からないのに、それはとても暖かく降り注いだ。
「…………バカ……」
 言葉が、こぼれた。暖かく降り注ぐ言葉と声に対して、なぜ自分が言いたい言葉がそんな罵倒の言葉であるのか。けれど陽毬は詰りたかった。声の限りに、言葉の限りにバカと、そう言いたかった。



「落ち着きました?」
 差し出されたハンカチを見て、陽毬は初めて自分の顔の状態を自覚した。
「え? あ、あれ? わたし……」
 あわてて周囲を見回して、ハンカチを受け取る。
「すいません。なんかよくわからないんですけど……急に気持ちが昂っちゃったみたいで……」
「いや、いいですよ。何か思い出しましたか?」
「ごめんなさい。それが、何も思い出せないんです。なんか思い出そうとしているのに、思い出の方がどうも、頑固に逃げちゃうというか……」
「そうですか。逃げちゃいますか」
「ええ、そうなんです。なんか人の気も知らないでどんどん逃げちゃうんです」
 ちょっと腹立たしい気持ちで、陽毬は鼻息も荒く刑事にそう言ってから、少しうつむいて微笑んだ。
「ごめんなさい。刑事さん。私何も思い出せなかったんですけど……」
 言って、ガラスの欠片に手を伸ばす。
「危ないよ」
 言われる言葉に淡く微笑んでうなずき返してから、その鋭利な切り口をそっと撫でた。
「でも多分、これは私にとってとても大切なものだったんです。これの為だったら多分、私は自分の命を懸けてもいいと思えるくらいの」
「そりゃあ、すごいですね」
「はい。でも、私は守れなかった。だからきっとこれの思い出が逃げるんです。思い出したら私が辛い気持ちになるだろうからって」
「優しい思い出なんですね」
 陽毬は少し困った表情で笑う。
「優しいけど、自分勝手。私は思い出したいんだもん」
 それから陽毬は姿勢を改めると、面と向かって刑事に言う。
「お願いです。刑事さん。調査が全部終わってからで構いません。この欠片を、私に下さい。電車の中に散らばっていたという欠片を、どうか全部」
「ただのガラスですからね。多分大丈夫だと思いますが、全部って相当な量ですよ」
 陽毬は頷いた。
「はい。想像はついています。でも、全部ください。その欠片を全部つなぎ合わせたら、私の大切なものが戻ってくるかもしれないし……もし、戻ってこなかったとしても、捨ててしまうのは可哀想」
 刑事は、穏やかに微笑んで陽毬を見た。
「君は優しい子ですね」
 陽毬は思わず小さく声をあげて笑った。顔を上げて刑事に笑いかけて答える。今までで一番強い心で笑っているんだと、そう実感した。
「ううん。全然。だって、自分勝手な想い出なんだもん。こっちも自分勝手に捕まえに行かなくちゃ」
強くなれる。その予感が陽毬の背筋を伸ばす。生きている意味を、見つけた。きっと。その確信が炎のように胸の奥から燃え上がり、陽毬の未来をまるでともし火のように燃やしているのだった。


[終わり]
〔ブログ;2012.01/06〕

ひまかんです。陽冠。

いやあ、なんかさあ、本を出すためにこう、缶詰旅行しているんですけど、
まあ、本に書く話の内容は決まってるし、プロットも大体出来上がっている。
ということで、あとは材料集めとばかりにいろいろと妄想していたら、
まあ、出てくるわ出てくるわ……
物語に関係のない妄想が……

とりあえず頭の中を整理するために、余計なものは吐き出してしまえということで書きました。

あと、冠陽って言葉はよく見るんですが、陽冠ってみないので、歴史に「どうしてもこのカプ名を刻みたかったので(笑止)
書きました。


本当は欠片を探して時間も場所も旅を続ける陽毬とかって萌えるなーとか思ったのです。
ファンタジックチルドレンみたいじゃない? え、違う? そう……

<塩湖 晶/20120327>

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