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欲しいもの〔晶馬×冠葉〕

 いつもよりくぐもった声で「ただいま」の声が聞こえた。玄関のドアを開くのも、廊下を歩いてくる足音もいつもに比べれば鈍く重く、それが何よりも今日が今日であることを晶馬に感じさせる。一年に一度。この日がやって来たのだな、と。
「晶馬、手伝えよ」
不満たらしく良いながら近づいてくる声を無視する。そもそも晶馬が手伝わなくてはならない義理など全くない。むしろ足の一つでも引っかけて転ばしてやりたいくらいだった。
盛大なため息が、ばらばらと軽く硬い音と共に聞こえてくる。明らかにその辺に適当に放り出している音に、晶馬は鍋の水面から目をそらさずに、「ちょっと、散らかすなよ」と、不満の声だけを背後に伝えた。
「んなこと言ったって、こんだけあるとしまう場所ねえだろ」
などと答えてくる声音は完全に得意がっていて、それが余計に腹立たしい。完全に無視を決め込んで晶馬は夕飯の支度に専念する。
火を弱火に落とし、蓋をしてから流しの片付けを始める。
一通りの作業を終えて一段落つくと、もう外は薄暗くなっていた。晶馬はふと背後が随分静かになっていることに気付く。
「冠葉?」
振り返ってみれば、居間の電気がついていない。
「ちょっと、何やってんだよ。電気くらいつけろよな」
言って、電気をつければ、部屋の中で座り込んだままの冠葉は、相変わらずもらったチョコレートの山を片付けられないまま、どこかうつろな目でその山を見詰めていた。その顔はどこまでも淋しそうに見えて……
(全く……)
晶馬は呆れた。これだけ同級生の羨望のまなざしと、女の子達の恋心を向けられながら、どうやら今年もまた、一番欲しいものはもらえなかったらしい。
(いつになったら学ぶんだか)
「冠葉」
呼ぶ声が少し優しくなるのを自覚する。数え切れないほど沢山いる女の子達。彼女らは誰一人として気付かなかった。冠葉が欲しいのは、形のあるものではない。
「冠葉、おいで」
そう呼んで、両腕を広げてやると、冠葉は初めて顔を上げた。何も言わず、ただのろのろと座ったまま晶馬の方にいざってくる。素直にやって来た冠葉の身体を晶馬は思いきり抱きしめる。冠葉は僅かに身じろいで、そっと晶馬の背中に腕を回してきた。
俯くように晶馬の胸に顔を埋めるその顔を、白い頬を、両手で包んで仰向ける。そっと、柔らかく口付ければ冠葉の腕のしがみつく力が強くなった。
包み込むような、愛情。冠葉がこの日に一番欲しいもの。
陽毬のいない二人だけの寒い部屋で、それを与えられるのは、晶馬だけだった。
愚かな兄が聡明な知恵を駆使して手に入れた、虚構と無駄の山の隣、冠葉の身体の力が抜ける。触れるだけの軽い口付けを繰り返しながら、晶馬は鍋の火を止めるまでの時間を冷静にカウントダウンした。彼に食べさせる手料理をこがすわけにはいかなかったので。

毎年繰り返される、それはただの日常。
沢山の愛を勝ち得て、けれどどれも本当に自分の欲しいものではないことに絶望する。息も絶え絶えの彼に、命を繋ぐ愛を。
いつか彼にそれを与えられる人が現れるのだろうか。
その日のことにちらりと思いを寄せて、今はただ、溺れる彼に溺れた。


[終わり]
〔ブログ;2012.02.17〕

なんか大分過ぎちゃったけど、過ぎてもアップして良いって言われたのであげときます。
バレンタインネタの晶冠です。

なんかずっとバレンタインネタは多蕗だなと思っていたので
そして多蕗も冠葉も持っている物語の方向性がバッドエンドなので、
先輩(ゆや)がついったとかでハッピーエンドが良いって言ってたのを見て
こんな話を。
もんのすごく短いです。

作ったとか考えたとか言うよりも、まんま成田美名子のサイファネタかなあ。
素直にサイファが晶ちゃん。シヴァが冠ちゃんだと思ったので、シヴァとおばあちゃんとのあのシーンから。

アニスが苹果でディーナが陽毬なのかしら。そうすると。


<塩湖 晶/20120323>

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