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幻影〔眞悧×冠葉〕

「さて、と」
 いつものようにけだるげな声でつぶやいて、愼利は組み伏せた少年を見下ろした。
「たまにはこんな場所もいいだろう?」
 そう言って微笑んで見せた。薄暗い病室の一角。眠る少女の寝台の足下で、冠葉は制服のネクタイを口にかみしめて顔を歪めた。冷たいリノリウムの床に落ちたベルトの金具が硬い音を立てる。
「声を殺せば隠し通せると、君は思っているのかい?」
 揶揄する口調に、鋭い視線が返される。答えるように優しく微笑んで、愼利はむき出しの太ももを撫でた。身をよじる冠葉にささやくように、
「そろそろ動いても、いいかな? 準備は出来た?」
 見上げる冠葉の目が不意に無防備になる。己をむさぼる男の前で、その表情はあまりにも愚かしく見え、
「しびれるねえ……その目で一体何人堕としたんだい?」
 緑の瞳がすがめられる。問いかけるようなまなざしに、愼利は少年の足をさらに押し広げて接合部を指でなぞった。片膝に引っかかっていたズボンが床に落ちる。小さな音が静かな病室に響く。
「だって、そうだろう? こんなにすんなり全部飲み込んでしまうだなんて……僕はそんなに小さい方でないと思っていたんだけど……ショックだなあ」
 言葉とは裏腹に楽しげに小さく笑って、愼利は身を乗り出した。冠葉の耳元にささやきかける。
「そうやって、男も女も惹きつけるだけ惹きつけて、捨ててきたのかい?」
 指先で胸元を……愼利にだけ見える赤く揺らめく炎のある場所を撫でて、冷たい炎が指先を焦がす間食に獰猛な笑顔を浮かべる。
「君のカラダは誘蛾灯。この光に誘われて沢山の人間がやってくる。ただ綺麗なものを所有せんとするもの、その炎から君を救わんと願うもの、そして、炎に乗じて君を食らいつくさんとするもの……ねえ、君にはどれが誰だか見分けがつくのかな?」
 愼利は腰をゆっくりと動かし始める。悶えるようにしなる身体を見下ろして、
「しびれるだろう? 君もせいぜい楽しめばいい。力のない子供に出来ること。それは自分に降りかかる苦痛も快楽も、全て受け入れることさ。だって君はもうすでに一つの選択をしてしまったんだもの。他に選べることなんて、何一つないのさ」
 えぐられ続ける足が震えている。愼利は片方を肩に担ぎ上げると角度を変え、さらに奥まで押し入っていく。堅く瞑ったまぶた。そのまなじりが淡く色づいている。愼利はそこに音を立てて口づける。強く、強くかみしめられているネクタイの一端を口でくわえた。そのまま力任せに引いて唾液にぬれたネクタイを奪い取る。
「……くっ……」
わずかに漏れた吐息とうめき声以外は必死に飲み込んで、冠葉はとっさに手のひらをあてがおうとして阻まれる。両方の手首をつかんだ愼利は獰猛な笑顔で冠葉をねじ伏せた。
「僕はあんまり力が強い方ではないんだけどね。見ての通りただの医者だしね。それでも君のような子供を抑えることくらいは出来るって訳」
 鼻先が触れあうほどに顔を近づけて、誘うように舌の先で冠葉の上唇を嘗める。
「なぜ押し殺すの? きいてもらえばいいじゃない。世界中に、君の声を」
ささやきかけながら、少年の身体が反応する場所を幾度も突く。震えるからだが無意識のように自然に愼利の身体にすがりつき、喉まであふれたあえぎに導かれるように、冠葉は自ら目前の愼利の唇に食いついてきた。愼利はしばらくの間、目を細めて冠葉の様子をうかがってから、彼の唇に答えていく。愼利の冗長な言葉が消えた病室には粘液と肉の交わる獣の音だけが響く。
 やがて、
「おっと」
 状況にふさわしからぬ暢気な声で、愼利が身体を起こした。つながった箇所へと手を伸ばして強く握りしめる。
「自分一人で終わってしまうのは、マナー違反だ。そうだろう? こういうことは、やっぱり一緒に終わらなくちゃね」
 掴んだまま、追い込むように動き続ける。追い詰められてがくがく震える手足をなだめるように撫でて、耳元で低く囁いた。
「そう、それでいいんだ。気持ちいいことだけで身体中をいっぱいにして、その熱のままに走り続けるんだ。なに、悪いことじゃないさ。だって君はこうするより他なかった。家族を守る為、可愛い妹を守る為、両親に認められるため……そう、これは君が『大人』になるために必要な洗礼のようなもの……」
 暴走する快楽に涙をにじませ、冠葉はすがりついた白衣の襟にかみついた。できあがった男の身体を、うなじを撫でるなめらかな手袋の感触になぜか父の気配を感じた。
「世界を変えてしまえばいいのさ。そうすれば君の犯した禁忌もその色を変える。君の望む世界がその向こうに待っている……」
 愼利は冠葉の奥深く、己の体液を注ぎ込むと同時に握りこんだ手を緩めた。びくびくと震えながら達する身体を優しく抱きしめる。やがて二人の身体からゆっくりと力が抜けていく。
「……父さん」
 行為の終わった後も、変わらず愼利にしがみついたまま、どこか夢見心地に冠葉はつぶやいた。愼利が少しだけ目を見開いて、すぐに優しく微笑んだ。
「可愛いなあ。そう、君は可愛い僕のお人形……そうさ、僕だけが君の呪いを解くことが出来る。……だけど、そのためには……わかるだろう? 君は君のするべきことをしなくちゃね」
 冠葉は優しい口づけを静かに受け入れる。
「君の中に植えた僕の種は、君の細胞を染め上げ、少しずつ根を伸ばし、やがて君の身体中から一斉に芽吹いていくよ。君はただ、目の前にある道を行けばいい」
 優しい口づけを受けながら、身体の中から雄の気配が引き抜かれていくのを、どこか寂しく感じていた。その感覚が異常なものだと言うことを、冠葉はもう長いこと思い出せなかった。



 身体の奥で何かがうごめく気配がする。
 何かに浸食されている。何かに欺かれている。そんな気配を感じながらも冠葉は何もしなかった。
 大切なのは陽毬だけだったから、だから、自分のことなんてどうでもいいはずだから、だから……



「ん?」
 冷たい床。暗い周囲。起き上がればそこは夜の病院。陽毬の病室だった。
「俺は……いつの間にか寝ていたのか?」
 少し頭痛がする。こめかみを手で押さえて陽毬の寝台の傍らに立つ。暗くてよくは見えなかったけれど柔らかく暖かい寝息が聞こえて、彼女がここにまだ生きていることを感じられた。
「陽毬……」
 小さく、その女神の名前を呼ぶ。それは冠葉にとってはたった一つの呪文だった。この呪文を唱えれば、きっと冠葉はなんだって出来るはずだった。
「きっと、救ってやるからな」
 誓いの言葉を口にして、冠葉は歩き始める。
 彼の使命、彼の祈り、彼の希望の為に、やるべきことは一つしかなかった。



[終わり]
〔PIXIV;2011年12月11日〕


<塩湖 晶/20120322>

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