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誰も気づかない


 明らかに様子がおかしかった。
「ちょっと待て、忍」
「誰が待つか」
「いや、この状況でそんなことをされても俺としてはありがたくないわけで」
「おまえがありがたくなくても俺は構わん」
 声音を作って、せめて状況を明るく打破しようと試みるものの、忍は応じる気配を微塵も見せない。
「まじかよ……」
 光流は背中に壁を感じ取って、自分が追い詰められているのを悟った。
 忍の手が光流の肩を掴む。
 繊細な顔立ちに似ず、忍の手はがっしりしている。
 光流はその手を見るたび、こいつ、柔道やっていたんだよな。とあらためて思い返す。
 黒帯の腕前は身をもって知っており、光流がいくら喧嘩慣れしているとはいえ、不利な状況で押さえ込まれたら、覆すのは難しい。
「おい、忍。冗談はよしこさんだ」
「誰が」
 冗談なものか。
 そう続くと思われる言葉は、けれども忍の口からは出てこなかった。
 男同士のキスなんて冗談にしかならないだろうが。
 光流は頭の隅でそんなことを考えていた。
 唇が触れる瞬間、思わず、目を瞑っていた。次の瞬間には、目を閉じたのは自分が意図しないものが触れてくる衝撃に、心が身構えたせいだとわかって、ひそかに驚いた。
 光流にとって、忍はずっと一緒にいて、顔形も性格もよく知っている存在だ。多分、緑林寮にいる誰よりも光流は忍と長くいるし、理解もしているはずだ。なのに、そのよく見知った相手でさえ、触れている唇は初めて知るものだった。
 ゆっくりと目を開くと、数センチ目の前にある顔は何故かひどく苦しそうに見える。
 壁際に追い詰められて、男に襲われているんだから、俺の方こそ、こんな顔をしたほうがいいのかな。
 光流はそうも考える。
 けれども頭の中をめぐる思考はどこまでも冷静で、目に映る光景は映画やTVの画面のように甘やかに感じさせるフィルターがかかるわけでもいなければ、ドラマチックな音楽もかからない。
 ただの現実。
 目の前にいる友人が体を固くして、わずかに震えながら、しっかりと自分の肩を掴んでいるという事実が見えているだけ。
 何を、そんなに必死になっているんだよ。 
 視界の隅に見えるでかい手には骨が白く浮かび上がっている。
 その白さを見ていると、不意に光流は苦笑いしたくなった。
 そんなに怖がるなよ。
 光流は心の中で話しかけた。
 忍は入学してすぐの頃から、この学校を社会のモデルに見立ててシミュレートしているような人間で、表に見える人当たり柔らかい面の皮の奥をのぞける奴ほど、可愛くねえ奴だ。と敬遠するような人種だ。
 面の皮は温和。その下は腹黒の人非人。
 けれどもさらにその下は――。
 いつからか光流は気づいていた。
 忍はいつも、何かに耐えるように手を握り締めている。
 その手のひらに何か大切なものがあって、誰かに気づかれたり、見られたりしたらなくなってしまうと思い込んでいるこどものように。
 心の中だけで、そんなに必死に叫ぶなよ。
 声に出してみろよ。
 光流はそう思う。
 けれど、策略や暗躍にはあらゆる手を尽くす少年は人と直に触れ合うことにはひどく不器用で、しかも臆病で。
 だから。
 みんな、おまえが思い込んでいるよりあったかいんだぜ。
 光流はそう想いをこめて首を傾けて、自分から忍の唇を探った。
 触れ合うところから、びくっと、身じろぎする衝動が伝わる。
 と思う間もなく、目の前を覆っていた気配が遠ざかった。
「おまえ、何考えているんだ!」
 光流は忍を見上げた。
 非難するでもなく、笑いかけるでもなく、ただ真っ直ぐに、動揺する忍を目で射抜いた。
 それは、何かの問いかけだったかもしれない。
「……っつ……」
 忍は何か言おうと口を開いた。何か怒鳴りつけようとするように腹に息を込めていく。けれども喉から搾り出された音は、まともな言葉に変わりはしなかった。忍は銀色の髪を逆立てながら、握り締めた手を震わせている。
 怒りのあまり、声が出ないように見えた。
 それでも光流はただ忍の顔を見ていた。
 何もいわず、わずかにも動かず、忍の一挙手一投足を見つめていた。
 やがて、その視線に耐え切れなくなった、とでも言うように忍は身を返し、部屋を出て行った。
 ばたん、と乱暴な音を立てて扉が閉まると、光流はただ一人、二段ベッドと机に占領されたいつもの狭い部屋を横目に見た。
「襲っておいて、逃げていくんじゃねーよ、ばーか」
 低く呟いた声は狭い空間のどこかにあっというまにまぎれて消える。
 その真ん中に、不適に笑う口元だけがいつまでも残っていた。
   

<ゆや/20050317>

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