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楽しい誕生日


 目が覚めて、張り詰めた冷たい空気を吸い込む。
 そのあまりの冷たさに、不意に、空気の気配がすでに冬になっているのだと気づいた。
 そんな終業式の朝。
 
 
 忍は起きるのを嫌がる気持ちを、体に覚えこませた習慣で押さえつけて、ベッドの外へと抜け出した。
 二段ベッドの上で寝ているはずの同居人は未だ起き出す気配はなく、どこか拍子抜けしたような心地になる。
 ベッドの回りにも忍の机の回りにも特に何か特別な変化はなかった。
(とどのつまり、覚えていないということか?)
 シャツを着て、ボタンを一つ一つかけ入れながら、どこか警戒するように、部屋の周りを見渡す。
 ぎしりと、二段ベッドが軋む音がして、心臓が跳ね上がるのを声にも態度にも表さないようにふりむけば、光流がうすらぼんやりとした顔で体を起こしているのが目に入った。
「うぃーっす……」
「ああ、おはよう」
「……なんだ……忍、早いな……」
 光流はいつになく眠たげな様子で、ゆっくりとはしご段を降りてくる。
「終業式だからな。朝から生徒会の方にも顔を出さないでいけないし」
「相変わらず、御苦労なこって……」
 そういって、整った顔を崩して大きなあくびをすると、トイレにでも行くのか、そのまま部屋を出ていってしまった。
「……やっぱり、覚えていないのか……」
 忍はため息をついて、少しの間、光流が出ていったばかりの扉をじっと見つめていた。
 今すぐ、その扉がもう一度開いて、忍を驚かすように光流が入ってくるのではないかと思って――けれども、もしそうなった時には、決して驚く素振りを見せまいとして――どこか身構えるように待っているのだが、一向に扉が開く気配もない。
 聞こえてくるのは、いつものように静かな朝の人の行き交う気配だけ。
 緑林寮のいつもの朝――時折、ばたばたと人の走る音が廊下の近くから遠くから聞こえて、時折、何か叫ぶような野郎の声が響いて……その変わらない日常の中で、慣れた手つきでネクタイを結び、忍は去年の春に光流とした会話を思い出していた。
 
 
 春休みのある日――休みに入ったばかりの、帰省している生徒も多く、まだ新入生もまばらな時期で、寮はどこかのんびりした空気に包まれていた。
 そんな時、またしてもバレンタインの悪夢を思わせるような女子生徒の群れが、緑林寮の門前に押し寄せてきたのだ。
「光流先輩ーお誕生日、おめでとうございますー」
「なんだおまえら、こんなところまで……っつーかよく覚えてたなー」
 呆れたような声は、それでもどこかうれしそうな響きが感じられる。
 さもありなん。
 忍は自嘲するようにかすかに笑った。
 考えるまでもなく、光流はうれしいのに違いなかった。
 忍と違って、人とのつながりかかわりに重きを置いている光流のことだ。自分という存在を――その誕生の日を覚えていてくれる人のことをむげに扱うはずもなかった。


「いやー。まいったぜ。あいつら、先月もなんのかんのと礼をせしめていったくせに、スケジュール表だとかって、自分たちの誕生日を書いた手帳を置いて行きやがった」
 光流は両手いっぱいに贈り物を抱えながら、どうやってか器用に扉を開けて入ってきた。
「よかったじゃないか」
 忍は窓の外を眺めながら、うっすらとこたえた。
「いいわけねぇだろ。毎月毎月お返しなんてさせられてみろ。あっという間に破産するぞ」
 光流はそういいながらも、こたつの上にプレゼントの山を築くと、くだんのスケジュール帳らしきものに目を通し始めた。
「……こうして見てると、案外誕生日って偏ってるもんだなぁ」
「ほう? それは興味深いな」
「そうか?」
「一般的に、活動的なこどもに育てるためには、こどもが歩き始める頃に暖かくなっている方がよいとされているらしい」
「へぇー。そんなもんかねぇ」
「他にも少し前までは、停電が起きるとこどもが沢山生まれるとか、雪が多い年はこどもが多いとか、誕生日が集中する理由はいくつか存在する」
「停電ねえ……十月が多いから、二月ころにでもそんなんがあったのかな……」
「そうかもな」
 どうでもいいような話を延々続けてしまうのは、どことなく面白くない心地をごまかしているためかもしれない。
 そんなことを思う。
 普段、光流とは、寮で過ごす時間の殆どを一緒に過ごしている。
 もちろんクラスも部活も違うから、出会ってからすら、忍のしらない光流の時間というのは数限りなくあった。それでも、緑都に入ってから――ことに一時の諍いを乗り越えて後は、時を追うごとに親しくなって、忍の中で光流の存在が大きくなって行くにしたがって、光流の方でも同じだと思いこんでいた。
 どこかしら、光流のことを何もかもわかっているような気になっていたのだった。
 光流の何もかもが自分のもののような錯覚を覚えながら、それでも、今回のように、ふとした拍子に、光流には、忍の計り知れない時間があるのだと思い起させられ、そのたびに、所詮、光流は自分のものになどならないのだと思い知らされるのだ。
 光流がたった一人のものになるなんてこと、あるわけがないのに。
 プレゼントの包みを次々と開ける光流は、その数と同じ位、誰かのものでもあるのだ。
 そんな忍の気持ちなど、光流は想像にもしていないのだろう。
 いつもと変わらない様子で、鼻歌を歌っている。
「そういえば……」
 不意に光流の明るい声が、忍の逡巡を破った。
「忍は誕生日いつなんだ?」
「……え?」
「こういう話って、やっぱり女の子とかいないとあんまりしないもんだなー。今年一年間、何もしなかったけど、おまえ誕生日いつなんだよ」
 急な光流の問い掛けに、忍は思わず黙り込んだ。
 これまでにも、誕生日を聞かれることは当たり前のようにあった。近づいて来ようとする女の子たち。長いものに巻かれようと袖の下を用意する人々――。
 生まれ育ってからずっと“手塚”家の“坊ちゃん”だった自分にとって、誕生日を聞かれるというのは賄賂を贈られるのと限りなく近しい意味を持つ。
 賄賂をもらうのだと思いながら、それをまるで何もなかったかのように受け取る――。それは“手塚”家の一員にとってごくごく日常的な光景で、何も躊躇する理由などなかったはずなのに、何故か、光流に聞かれた途端、言葉に詰まった。
 いつものようなやりとりが思い浮かばなかった。
 一瞬、違う思惑が自分の中によぎって、けれどもその思惑は忍が慣れている感情からすると、あまりにもごくまれに心の奥底から浮かび上がってくるもので、あまりにもぎこちなくて、それを、どう言葉に表してたらいいのか――そのさまざまな想いを短い時間で処理することは、今の忍には出来そうになかった。
 ただ黙って、光流のくるくるとくせ毛が渦巻くつむじを見つめることしか出来なかった。
 つむじはまた不意に、どこか日本人離れした整った顔にとってかわり、その口元が問い掛ける。
「忍、おまえ、聞いてのかよ」
 怪訝そうに話しかけてくる同居人は、逆に、忍が苦手とするような感情の取り扱いには困ったことがないようにも見えた。
 それはもちろん、光流にしても苦手な感情があるのだと、一年近い付き合いで理解出来るようにはなっていたのだが、今のところ、互いの腹の探り合いではどうにも分が悪いように感じる。
「……ああ…誕生日だろ……」
「聞こえてんじゃねぇか。耳か頭でもおかしくなったかと思ったじゃねぇかよ」
 一見辛辣な言葉は、けれども、甘やかに心の奥底まで染み込んでくる。
 “手塚”家の忍ではなく、ただの忍へ向けられた想いが聞こえる気がする。
 光流ならば、何の思惑もなく、ただ忍が生まれてきたことだけを祝ってくれるのかもしれない。
 そんな期待を抱かせてくれる。
 金と権力と策謀と――そんな思惑が行き交うことが当たり前の世界で育った自分が、ごくごく普通の“誕生日を祝って欲しい”などという気持ちを持っていたことさえ、軽い衝撃を否めなかったが、光流のそばにいると、いつも自分の中にも、これまでずっと否定してきた温かい気持ちを求める気持ちがうずいていたのだと――その気持ちを、認めたがっていたのだと自覚せずにはいられなかった。
「……十二月二十二日だ」
 忍は低い声でささやいた。
 それは、聞こえなければいい。という気持ちがどこかにあったからかもしれない。
 光流に対して誕生日をいうのは、どこか浅ましい行為のような気がして、強く主張する気になれなかったのだ。
「十二月二十二日かぁ……。俺も人のこといえねぇけど、おまえもクラスのヤツなんかには祝ってもらえそうにない日にちだなぁ」
 けらけらと楽しそうに笑う声が、どこか企みを秘めてるように感じられる。
「今年のはもう過ぎちまってるから、来年だな」
「何がだ?」
「誕生日のお祝い」
「……男同士で祝っても、気持ち悪いだけだろうに」
 思わずそんな言葉がついて出る。
「まぁ、そういうなって。絶対やってやるから、楽しみにして待ってろよ」
「……貴様のその黄色い鳥頭で、覚えていられるものかどうか、楽しみにしていてやるよ」
「ふん。俺はこの手の記憶力にはちょっと自信があるんだぜ。そんなこといって、おまえの方ですこーんと忘れて、驚くなよ!」
 光流は自信たっぷりにそういって、顔いっぱいににんまりと笑った。
 


 そして、九カ月たった今日、忍ははっきりと光流の言葉を覚えていた。
 だからといって、光流が何かしてくれることを期待していたわけでもない。その時の言葉の流れで、「祝ってやる」などといったとしても、それは一種の社交辞令で、本当に祝ってくれるよりも、忘れてしまうことの方が当たり前のように思える。
 それでもなお、光流なら……とどこかで願っていたのか――それともただ単に光流に祝って欲しかったのか――。
 忍は自分自身、そんな人間らしい感情が残っていて、それに縋っている自分がいることにかすかな驚きを覚えていた。
 こどもっぽいというべきか、女々しいというべきか――。
 自分で自分を嘲笑いたくなる。
 けれども過去にあったやりとりを口にしてしまえば、覚えてもいなかった光流に思い出させることになるわけで、しかも、忍の方は執念ぶかく――あるいはこどもっぽい執着で――きっちりと覚えていたと宣言するようなもので、だから、
「やっぱりおまえは覚えてなかったじゃないか」
 そう言葉にして勝ち誇り、心の中にわだかまる感情を満足させることも自尊心が許さなかった。
 それだから、顔を洗って戻ってきた様子の光流に、忍は「先に行く」と告げただけで、特別な会話をすることもなく、学校へと――光流のいない生徒会と教室へと向かっていたのだった。
 
 
 本当に光流はあの時のこと覚えていないのだろうか。
 
 日がな一日、考えるのはそのことばかりだった。
 いくら光流とはクラスが違うとはいえ、たった四クラスしかない私学のこと。一歩教室の外にでも出れば、少し離れた教室からかすかに聞こえてくる光流の声を、無意識にすら自分の耳が聞き分けていることに気づく。
 光流が自分のことを考えてくれなくても、ばかばかしいまでに、忍は光流のことばかり考えている。
 そう考えると、やりきれない想いが湧き起こる。
 衝動的に、自尊心も何もかもを投げうって、今抱えてる想いを光流にぶつけたいような投げやりな気持ちにもなる。
 もちろんそれは、忍にとって死んでも出来そうにない行動だったのだけれども――。
 去年一年間も穏便に過ごして、光流との殴り合いの喧嘩があったとしても、クラスの中における忍の存在というのは、そう大きな変化があるという訳ではなく、だから、女の子よろしく互いに誕生日を聞きあうような輩は忍を遠巻きに見るだけだったし、比較的近くにいる人間にしたって、光流のように危険を冒してまで、一定のラインを超えて心の中まで踏み込んでくるような図々しい――別な意味ではまったくもって勇敢な――人間は皆無だった。
 そのおかげで、今のところ、個人的に忍の誕生日を知る人間は緑都にはいなかった。


「おや、まぁ。手塚、気分でも悪いのか?」
 ふと見ると、いつのまに来ていたのか、すぐ側に保険医が立っていた。
 終業式の放課後。
 いつになく冷え込んだ午後の学校に、人影は疎らで、それでなくても、紺のブレザーの中に真っ白な白衣はいやがおうにも目立つ。
 保険医――一弘の姿は薄暗い廊下の真ん中に冬の日差しを受けて、どこか眩しいくらいだった。
「……いえ、別に……。あなたこそ、保健室の外にいるのは珍しいですね。こんなところでサボっていていいんですか」
「おいおい。俺だって他の部屋に用があるときくらいあるんだよ。忍くん」
 名前を呼ぶ声が、なんだか妙に勘に障って、忍は思わず眉間にしわを寄せた。
「……本当に調子が悪いなら、今から保健室に戻るところだから、一緒に来るといい」
 保険医はそういうと、忍の答えも待たずに歩き去った。
 その仕種は忍が後に付いて来ると思い込んでいるかのようで、どこか光流のする仕種とよく似ているような気がした。
 それでも――それとも、似ているから余計にかもしれないが――まるでこども扱いされているかのようで、従う気にはなれなかった。
 そもそも、忍は別に気分が悪いわけではなかった。
「……これから出かける用事がありますので」
 少し離れたところを歩いていく背中に、忍は言い訳するように言葉を吐いた。
 保険医はわずかに振り向いて、いつものように笑顔を浮かべたまま、答えるように手にしていたファイルを肩のあたりまで持ち上げた。
「……相変わらず、気に食わないおっさんだ」
 忍は小さな声で呟いた。
 忍は入学当初から、どうにも一弘が苦手で、光流が一弘と仲がいいと知ってからは尚更苦手になって、できる限り、一人でいる時は関わらないようにしているのだが、そんなことすら、光流に見透かされるのと同じように、一弘にも見透かされているようで輪をかけて面白くない。
 保険医の弟の蓮川一也が後輩として入学してきてからは、一弘にムカついたときには弟の一也にうさを晴らすことにして、幾分気を紛らわせることに成功している。
「……帰って、蓮川にでも当たるか」
 忍はそんなこと呟きながら、生徒会の用事を済ませるべく、足早に廊下を歩き去った。


 特に重要な用事があったわけでもないのに、生徒会の会合が終わった時には、もう構内は真っ暗になっていた。
 それでなくても冬は日が落ちるのが早い。
 二日後には実家に帰らなくてはいけないし、倫子にも挨拶しに行かなくてはいけない。
 そう考えると、急に忙しさがよみがえって、光流に期待していたことも、蓮川に八つ当たりしようと思っていたことも、どうでもいいような気分になった。
 実家にいるときには独りでいることは当たり前のことだった。
 実の兄弟である渚や旭でさえ、忍にとっては何の慰めでもなかった。
 今更、ほんの一時にすぎない慰めを得て何になるというのだろうか。
 忍は溜息を一つついて、窓を大きく開くと、夕方の冷え切った空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
 冷たい空気を吸い込むことで、その空気と同じぐらい心も冷たくなればいいと思った。
「何を……淡い期待を抱いていたのか……」
 勝手に見ていた夢を、閉じるのがこんなにも大変なことだとは忍自身思ってもみなかった。
 けれども、夢見ることに慣れていない分、夢を終えるのも大変なことなのだとも思う。
「手塚会長、何かおっしゃっいましたか?」
「いや……今日は遅くまでごくろう様だった」
「いえ、こちらこそ」
「もう後片付けだけだから、先に帰って構わないぞ」
「いえ自分は……」
「気にすることはない。自宅通学の方が、時間がかかって大変だろう。寮に帰るのはすぐだからな」
「……そうですか。ありがとうございます、会長。よいお年を!」
「ああ、よい年を」
 そう忍がいい終わるや、最後の一人が、頭を下げて扉の向こうへと姿を消していった。
 その足音が遠ざかるの聞きながら必要な書類を棚にしまうと、忍はストーブを消してコートを羽織った。
 終業式で、特に教科書だの辞書なのが必要ないからと、小さな袋一つ持って出てきたせいで、帰るにしても、なんだか妙に手持ち無沙汰に感じられる。
 一人で帰ることなど、よくあることなのに、今日に限っては何故かいたたまれないような気持ちがしていた。
 瞬や蓮川や――光流がそばにないことが妙に寂しかった。
 今一人でいることが、まるで誰にも見返られていない存在になったような気して、こんなにも自分は矮小な存在であったのかと自問せずにはいられない。
 そんな思いを抱きながら廊下歩いていると、遠くから人影が見えて、一瞬、誰かが迎えに来てくれたのかと期待を抱いたのも束の間、形がはっきりと見えてくれば、その人影は明らかに生徒のものではなかった。
「おう、手塚。遅くまでごくろうさま。気をつけて帰れよー」
「先生も、よいお年をお迎えください」
「おまえもな」
 生徒会室の鍵を職員室に返して、真っ暗な中、下駄箱へと歩いて行く。
 外の空気が流れ込んでくる一階の廊下は、キーンと耳鳴りがしそうなほど冷えた張りつめた空気に満ちていて、そのなかで唯一動いている忍は何か秘密めいた行動しているかのようなうしろめたい心地がした。
 無数に並ぶ幾何学模様の下駄箱の長方形を一つ二つと数えながら、自分のクラスの位置にたどり着く。
 かたんと、高い音を立てて下駄箱の扉を開くと、まるでそれが合図だったかのように、コンクリートを噛みしめる、じゃりという音がした。
「誰かと思ったら、忍か」
 明るい声と共に、見慣れた顔が真っ暗な物体の向こうから顔をのぞかせる。
「こんな時間まで、生徒会やっていたのか?」
 光流は、寒そうにコートのポケットに手を入れて、肩をすくませながら忍のそばにくる。
「なんだかさぁ、今日寒くねぇ? 雪でも降りそうな感じだよな」
 当たり前のように――忍が下足に履き替えるのを待っている。
 忍が答えようと答えないとお構いなしに会話を続けて、まるでいつもの日常の続きのように屈託がない。
「雪はいいんだけど、寮の廊下が寒くなるから、点呼に行くのやになるようなあ……風呂も寒いしさぁ」
「そうだな……。おまけに十分あったまっていられるほど入ってもいられないしな」
「そうだよなー。まぁでも今日は冬至だし、寮の風呂も柚子湯だろ? 少しはいつもよりあったまるんじゃねぇか?」
「そうだといいが」
「大丈夫だって」
 いつもの楽観主義が、忍の肩を力強くたたく。
 忍が靴を履き終えると、自然、何もいわずとも肩を並べて歩き始める。帰る方向が同じなのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、それでも、こうやって待ち合わせないまでも一緒に帰るようになったのは何か特別な気がした。
「忍、遅くなってるのに悪いんだが、ちょっと本屋付き合ってくんねぇ?」
「別に……構わないが……」
 忍が驚いたように答えると、光流は照れくさそうに少し笑う。
 少し先に立って、道を案内するように歩く姿がまるでステップを踏んでいるかのように、右に左にとリズミカルに揺れる。
「この辺は一番、クリスマスの電飾がきれいなんだよな」
 そういう白い横顔が、白い光に照らされて、ぼんやりと浮かび上がる。
「ほら、あそこにもツリーが……」
 そう促され、忍は光流の指差した方へと目向けた。
 その瞬間。
 ネクタイをつかまれて、体がひきよせられて、
「忍――I'm glad to you. and Thank you for your birth!」
 早口に耳元に囁かれた。

 息が掛かるぐらいすぐ側で、光流が上目遣いに見つめている。
「忘れないって、いっただろ?」
 そういって髪が触れ合うぐらい、額を寄せてにやりと笑う。
「おまえのことだから、朝から、いつ俺が何をするかと思って身構えていたんじゃないのか?」
 いつのまにか、肩を抱かれて頭をぐしゃぐしゃにされていた。
「光流……いい加減に……」
 我にかえって、止めようと思うものの、首をつかまれている光流の力が思っているよりも強くて、自分の体の主導権を取り戻せないまま、電飾に彩られた夜の歩道を数十メートル、歩かされつづけた。
「だから、楽しみにして待っていろっていっただろ?」
 その言葉を聞いた瞬間、忍はようやく悟った。
 今日一日の光流の行動そのものが、全て仕組まれた一日で、忍はその光流の罠にまんまと引っかかっていたのだということに。
「…………ああ! 十分楽しませてもらったよ!」
 忍は腹立ち紛れに光流の耳に叫んでやった。
 そんな幼稚なことぐらいしか、咄嗟に仕返しの手が思い浮かばない自分がどこか情けない。この仕打ちに対するお返しはは、こんなことくらいでは気がすみそうになかった。後でじっくりと計画を練って、念には念を入れてお返ししなければ――そう忍が腹にすえかねているそばで、光流は微弱な仕返しなどまるで意に介さない様子で、頬を紅潮させて、どこか照れくさそうに笑った。
「何いってんだよ。お楽しみはこれからだ!」
 そういって光流が顔をあげた先で、寮の玄関には透かし戸の向こうに見慣れた姿が影を作って待っていた。


 盛大なクラッカーの音に出迎えられたのは、その三十秒後。



――Happy Birthday! 忍先輩!――

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ゆや/<080114>

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